有機水銀を含まないチメロサールフリーのインフルエンザワクチン 2017年生産動向と妊婦・胎児への影響
1.2017年チメロサールフリーのインフルエンザワクチン生産動向
朝晩が涼しくなり、秋を感じ始めると、あっという間にインフルエンザ予防接種の時期となります。
近年、ワクチンの防腐剤として使用されているチメロサール(有機水銀)による影響を懸念し、妊婦さんの中には、チメロサールフリー(有機水銀を含まない)のインフルエンザワクチンを選択し、予防接種を受ける方が増えています。
ただし、チメロサールフリーのインフルエンザワクチンは、生産効率の問題もあり、もともと少量生産しかされていませんでした。
そんな中、2016年4月に発生した熊本地震によって、ワクチン製造元のうち1社が被災しました。
インフルエンザワクチン自体の安定供給が危ぶまれることになったため、昨シーズンにおいては、チメロサールフリーのワクチンは全く製造されない状況となりました。
2017-2018年シーズンもその影響は未だ続いており、チメロサールフリーのインフルエンザワクチン製造は1社だけとなり、「フルービックHAシリンジ」のみの生産されることとなりました。
(参考)インフルエンザHAワクチン 平成29年度ワクチン製造株のお知らせ
こちらのページでは、2017-2018年シーズンのワクチン株とチメロサールフリー製品製造のお知らせが掲載されています。
2.どう違う?チメロサール含有ワクチンとチメロサールフリーワクチン
妊婦さんや小さいお子さんがいるご家庭以外で、日本のインフルエンザワクチンには「チメロサール入り」と「チメロサール無し」の2種類があることを知っている人は、少ないかもしれません。
大多数の人は、ワクチンの中身を意識せずにインフルエンザ予防接種を受けていることでしょう。
では、「チメロサール」とは、どんなものなのでしょうか?
複数人用のワクチンに含まれる防腐剤「チメロサール」の特徴・副作用
1928年、オーストラリアでジフテリア予防接種を受けた多数の子どもが死亡するという事件が起こりました。
その原因として、複数人分のワクチン量がバイアル瓶*1に入っており、瓶から何回も薬液を採るうちに、薬液がブドウ球菌で汚染してしまったことによるものとされました。
*1 薬液を入れる容器で、薬液を無菌状態で保存するためにゴム製の栓がしてある瓶
この事件を発端として、1940年代より殺菌性を持つチメロサールが、複数人用ワクチンの病原体汚染を防ぐための防腐剤として、添加されるようになりました。
現在までインフルエンザワクチン・三種混合ワクチンなど、様々なワクチンに添加されてきていますが、これまで確認されている主な副作用は、過敏症です。
接種によって、発熱・発疹・じんましん・紅斑・かゆみが現れる場合があるので、よく観察する必要があります。
また、チメロサールは、有機水銀化合物の一種「エチル水銀」です。
2000年頃、アメリカで「チメロサールと自閉症との関連」が話題になりましたが、現在は各国の規制当局において、その関連性を否定する見解が主流となっています。
(※自閉症との関連については、後述する「3.チメロサール(有機水銀)の妊婦さん・胎児や授乳への影響」で説明しています。)
エチル水銀は、水俣病の”メチル水銀”とは異なり、血中濃度半減期が短いと考えられています。
現在は水銀曝露への予防対策として、アメリカ・欧州をはじめ日本でも、ワクチンにできるだけチメロサールを添加しない方向にシフトし、WHO(世界保健機関)もこの方針を支持しています。
実際、日本のインフルエンザワクチンに含まれるチメロサールの量は、1990年代に比べ、10分の1以下(0.004~0.008mg/ml)と大幅に減量されています。
(参考)チメロサールとワクチンについて|横浜市衛生研究所
こちらのページでは、ワクチン中のチロメサール含有が注目されるようになった訳について、詳しく説明されています。
(参考)ワクチンに含有されるチメロサールの安全性について|厚生労働省
こちらのページでは、日本や諸外国のチメロサールワクチンに対する見解について、まとめられています。
チメロサールフリーワクチンの特徴・費用相場
チメロサールフリーワクチンは、始めから1人分の量しか入っていない「使い切りワクチン」です。
複数人用ワクチンのように、瓶から何度も薬液を取り出す必要がないので、病原体汚染の可能性は低くなります。
そのため、チメロサーフリーワクチンは、チメロサールのような防腐剤の添加が不要となるのです。
- 薬液の用量・形状:大人1回分の薬液(0.5ml)が注射針とセットとなっている使い切りタイプ(※2017-2018年シーズンの場合)
- メリット:注射によるアレルギー反応や痛みや腫れの軽減が期待できる
- デメリット:①1人1瓶となるため、一回あたりのコストが高くなる。
②少量しか生産されていないので、取り扱い医療機関および1病院ごとの数量が限られる。 - 費用相場:一般的なチメロサール(防腐剤)が含まれているワクチン+1,000円くらい(=4,500円前後)
3.チメロサール(有機水銀)の妊婦さん・胎児や授乳への影響
チメロサールフリーのインフルエンザワクチンを希望する妊婦さんの多くは、「一般的なワクチンは、チメロサール(有機水銀)が含まれているから、胎児に良くない」と考えていることでしょう。
しかし、2016年日本産科婦人科学会では、「エチル水銀(チメロサール)含有ワクチンを妊婦に投与しても差し支えない。」と明言しています。
国や学会で明言「チメロサールの胎児への影響なし&自閉症との関連否定」
とはいえ、「ワクチンの中に水銀が含まれているものがある」と言われると、どうしてもお腹の赤ちゃんや授乳による影響について、心配になってしまいますよね。
<チメロサールの胎児への影響>
産科婦人科学会では、妊婦さんにおけるチメロサール含有ワクチンに対する懸念について、次のような見解を示しています。
チメロサールを含んでいる製剤もその濃度は0.004~0.008mg/mlと極少量であり、胎児への影響はないとされている。
また、授乳中にチメロサール含有インフルエンザワクチンを接種しても、チメロサールに含まれるエチル水銀の水銀量が極めて少量であり、さらに半減期も短いので、「母乳を介して、乳児に有害な影響を与えることはない」とされています。
<チメロサールと自閉症との関連>
2004年、アメリカ IOM(米国医学研究所)が、「チメロサールと自閉症等発達障害」について調査した報告書で、
- チメロサール含有ワクチンと自閉症との因果関係は、得られている根拠からは否定されるものである。
- チメロサールと自閉症が関係するという生物学的メカニズムに関する仮説は、単なる仮説にすぎない。
と発表しました。
その見解を受けて、日本でも2009年厚生労働省による調査が行われ、
- 2004年のIOMが出した結論に異議はない。
- 国産チメロサール含有ワクチンについて、自閉症関連(精神神経系)の副作用は認められない。
と、自閉症との関連を否定した報告を行いました。
<チメロサールの安全摂取量基準とは?>
チメロサール(エチル水銀)の安全接種量の基準には、化学構造が似ているメチル水銀の基準が適用されます。
2003年、合同食品添加物専門家会議(JECFA)*2で発表された耐容一週間摂取量(PTWI:ヒトが一生にわたって摂取し続けても健康影響が現れない、一週間あたりの摂取量の指標)は、体重1キロあたり1.6マイクログラム(μg)=0.0016mgです。
*2 国際保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)の共同運営(引用元)水銀・メチル水銀の暫定耐容一週間摂取量(PTWI)|農林水産省
例)妊婦さんの体重が50kgだとすると……
メチル水銀(エチル水銀)の耐容摂取量は、80μg(0.08mg)です。
インフルエンザワクチンのチメロサールの水銀含有量(0.004~0.008mg)は、多いものでも基準値の1/10以下となるため、問題ないと考えられています。
前述した通り、妊婦さんや胎児へのチメロサールによる有害な影響は、非常に少ないものとなっています。
むしろ、複数人用ワクチンに対する「病原体汚染リスクの方が高い」のが、実情です。
そのため、各国とも「複数人用のワクチンでは、防腐剤としてチメロサールの使用はやむを得ない」と考えています。
(参考)産婦人科診療ガイドライン産科編 2014|(公社)産科婦人科学会・(公社)産婦人科医会
こちらのガイドラインの73ページに、妊婦・授乳婦へのインフルエンザワクチンに関する影響がまとめられています。
(参考)ワクチンに含有されるチメロサールの安全性について|厚生労働省
こちらのページでは、厚生労働省による第3回安全対策調査会で報告された「チメロサールと自閉症への関連性、妊婦への影響」について、日本および各国の見解が公開されています。
水銀なら、チメロサールよりキンメダイ・マグロに気を付けて!
妊婦さんが気を付けたい「水銀」は、ワクチンに含まれるチメロサールよりも断然「魚」なのです!
魚介類は、たんぱく質やDHA・EPAなど高度不飽和脂肪酸を豊富に含み、また海に囲まれた島国に暮らしている日本人の食生活において、欠かすこととのできない食品です。
しかし、妊娠中の魚料理は、注意が必要です。
その理由は、小さい魚が大きい魚に食べられ、その魚をさらに大きな魚が食べる「魚の食物連鎖」によるものです。魚には水銀が含まれているため、一般的には大きい魚の方が、自然と多くの水銀を取り込んでいるのです。
そのため、クジラやイルカといった大きな魚は、水銀含有量が多くなります。
<妊婦さんの1週間の水銀量目安>
◆1週間の水銀量目安の半分相当 ※お刺身(1人前・80g) |
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◆1週間分の水銀量相当 ※お刺身(1人前・80g) |
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◆特に注意が必要ではない魚 |
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上記の表を見ると分かる通り、マグロを食べた時の方が、チメロサール入りワクチンを接種するより遥かに水銀を摂取していることになります。
とはいえ、水銀が含まれているからといって、「キンメダイやマグロは危険!食べてはいけない!」ということではありません。
ただ妊娠中の間は、キンメダイやマグロのような”水銀含有量の多い魚介類ばかりたくさん食べること”は、控えましょう。
「今週は、摂取目安よりも食べ過ぎてしまったな……」というのであれば、翌週の魚料理には、注意が必要ではない魚(ツナ缶・サケ・アジなど)を選ぶというように、大きい魚と小さい魚のバランスに気を付けながら、魚を食べるようにしたいですね!
(参考)「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項(平成22年6月1日改訂)」のパンフレット|厚生労働省
こちらのページでは、魚に含まれる水銀量や水銀が胎児に与える影響についても、分かりやすく説明しています。
4.チメロサール添加の有無にかかわらず、妊婦さんはワクチン接種を!
これまで見てきた通り、懸念されるチメロサールの水銀量は、マグロの刺身(1人前80g)よりも遥かに少ないものです。
2017-2018年シーズンにおいては、チメロサールフリーのインフルエンザワクチン製造が再開されましたが、製造元が1社しかないので、かなり限定的な流通量となることでしょう。
チメロサールフリーのインフルエンザワクチン接種を希望する方は、早めに医療機関へお問い合わせください。
また、場合によっては、在庫上の問題から選択できない可能性もあるかもしれません。
たとえチメロサール含有ワクチンのみの取り扱いだったとしても、忘れてはいけないのは、「妊婦さんは、インフルエンザに感染すると、重症化しやすい」ということ。
今シーズンも例年通り、インフルエンザの流行が見込まれています。
お腹の赤ちゃんを守るためにも、インフルエンザ予防接種を受けて重症化を防ぎましょう!
■妊婦さんのインフルエンザ予防接種については、次の記事で詳しく説明しています。
インフルエンザ予防接種、妊婦さんは大丈夫?受けるべき時期、母体や胎児への影響は?
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