約3人に1人が65歳以上の高齢者である超高齢社会を迎えている日本。
内閣府「平成28年度版高齢社会白書」によると、高齢者のうち約4分の1が、日常生活に影響があると訴えていることが分かりました。
(出典)65歳以上の高齢者の日常生活に影響のある者率(人口千対)|内閣府 平成28年度版高齢社会白書
高齢者のそんな日常生活に影響があるとする状態は、もしかしたら「サルコペニア(加齢性筋肉減少症)」かもしれません。
「サルコペニア」は加齢・低栄養・運動不足が主な原因となり、放置していると全身の筋力低下がきっかけとなって運動器の機能低下、はたまた要介護状態に陥る可能性があります。
■サルコペニアの症状・判断基準など概要については、次の記事で詳しく説明しています。
歩けない、転ぶ、飲み込めない…サルコペニア(筋力低下)が原因?症状・予防
そのため、サルコペニアを予防すること=介護予防をすることでもあり、健康的に年を重ねることが可能となるのです。
今回は、サルコペニア予防対策の一つ「運動」に着目し、高齢期の運動の必要性や「認知症・骨粗しょう症」との関係、高齢者に効果的な運動・筋肉トレーニングの方法についてご紹介します。
(参考)平成28年度版高齢社会白書|内閣府
こちらのページでは、高齢者の健康や介護に関する情報について、グラフとともに解説されています。
1.自立した日常生活を送るために-高齢者の運動の必要性
(出典)加齢による筋量減少の図|日本転倒予防学会誌 Vol.1:5-9 2014
上記のグラフを見ると分かるように、加齢に伴う筋量減少は40歳頃より始まり、40~44歳から75~79歳までの35年間で男性約11%・女性約6%の四肢筋量が減少していきます。
また、身体機能(身体を動かして、動作を行う能力)も、加齢ともに低下することが知られています。
”使えば発達、使わなければ衰退する”ことは、個人差はありますが、若者でも高齢者でも同様に起こります。
高齢者の身体機能の変化は、生活習慣や社会的背景などによって、特に個人差が非常に大きくなることが特徴です。
出来る限り自立した日常生活を送るためには、身体機能を低下させないよう、日常的に身体を使う(動かす)必要があるのです。
(参考)高齢者のサルコペニアと転倒|日本転倒予防学会誌 Vol.1:5-9 2014
こちらのページでは、サルコペニアに対する運動および栄養介入の考え方などについても、解説されています。
(参考)Age-dependent changes in skeletal muscle mass and visceral fat area in Japanese adults from 40 to 79 years-of-age|Geriatrics & Gerontology International,February 2014
こちらのページは、日本老年医学会の公式英文誌で、アジアにおけるサルコペニアとして特別版が2017年1月現在無料公開されています。日本での分析調査での骨格筋量の変化や内臓脂肪量の変化などの結果について、解説されています。
高齢者の運動には、心と体を健康に保ち自立性を高める効果。
身体活動を増すことは、心と体の健康維持に必要です。
また、厚生労働省による「健康づくりのための身体活動基準2013」の中でも、高齢者が継続して運動を行うことは、生活機能低下リスクの低減や自立した生活の延長などの効果が現れると報告されています。
- 心臓や肺、循環器機能の強化……動脈硬化予防
→例)ウォーキング、プール - 骨格筋機能の低下防止……立つ・座る・歩くなどに日常生活の基本的動作に必要
→例)筋力トレーニング、バランス訓練 - 関節の動きをよくする……腰痛予防・拘縮(こうしゅく/関節が固まって動かなくなること)予防、日常生活の自立に必要
→例)ストレッチ - 骨を丈夫にする……骨粗しょう症予防
→例)ウォーキング
他にも、運動することで、血流を良くしたり、風邪などに感染しにくくなったり、明るく前向きな気持ちになったりと、日常生活動作(ADL)の質を改善する可能性もあります。
※高齢者に効果的な運動(筋力トレーニング)については、後ほど「2.「サルコペニア」を運動で予防。高齢者にオススメの運動・筋力トレーニング」で説明します。
(参考)健康づくりのための身体活動基準2013|厚生労働省
こちらのページでは、健康づくりにおける身体活動の意義だけでなく、身体活動基準についても解説されています。
(参考)健康長寿とは?高齢者の身体活動の必要性|公益財団法人 長寿科学振興財団
こちらのページでは、「心身機能」の低下である廃用症候群(生活不活発病)についても、解説されています。
①要介護の原因となる「転倒」を予防
実は、高齢者の約20%前後が、年1回以上転倒を経験しています。
その主な原因の一つに「サルコペニア」があります。
サルコペニアでない場合に比べ、サルコペニアの場合1.81倍転倒しやすいことが調査で明らかになっています。
また、平成28年度高齢社会白書によると、高齢者の12.2%が転倒・骨折が原因で介護が必要な状態であると報告されました。
(出典)転倒によって引き起こされること|高齢者の転倒による骨折–現状と展望 大高洋平
こちらのページでは、慶応大学医学部 大高先生によって、高齢者の点と予防の重要性や転倒頻度について、解説されています。
この図から分かるように、転倒で骨折など外傷を負ってしまうと、その部分の身体機能が低下します。そして、身体機能の低下に伴い、痛みや怪我の治療のため動かなくなると、食事・排泄・歩行や社会的参加などの生活機能が低下してしまいます。
また、例え骨折などの外傷がなくても、転倒によって恐怖心を覚えてしまったり、家族が過度に転倒注意を促してしまうことで、自立歩行が出来ても歩こうとしなくなってしまう「転倒後症候群」になり、外傷があると同じく活動低下に繋がってしまいます。
そして、どちらの場合も、要介護状態に陥る可能性を高め、サルコペニアを助長してしまいます。
特に、この運動器障害(大腿骨近辺の骨折や変形性関節症など)が原因となって、介護を受ける可能性が高くなっている状態を”ロコモティブシンドローム(通称:ロコモ)”と呼んでいます。
■脚の筋力から衰える
加齢により、年々筋力は自然と落ちていき、60歳を過ぎると年5~10%ずつ低下していきます。
全身の筋肉の70%は、下肢(脚)に集中しているため、落ちていくのも”脚”からなのです。
運動は筋肉を作るたんぱく質合成を促し、たんぱく質分解を抑える作用があるため、運動によって下肢の筋肉を強化することは、転倒骨折予防・サルコペニア対策には重要なのです。
(参考)高齢者のサルコペニアと転倒 山田 実|日本転倒予防学会誌 Vol.1:5-9 2014
(参考)「高齢者と運動」~年をとると、なぜ運動が大切か~|猪田 邦雄 健康文化 47 号
こちらのページでは、転倒予防の必要性や運動をしないとメタボになる理由など、解説しています。
②食べる行為には、色々な筋力が必要
「筋肉」というと、手足のムキムキ筋肉を思い付く人が多いかもしれません。
しかし、咀嚼(そしゃく/食べ物を細かくなるように噛むこと)や”飲み込む(嚥下)”行為にも、口・頬・顎・首と複数の筋肉が使われているのです。
食べる動作自体にも、箸やスプーンなどを持つための手・腕の筋肉、頭を支える首や肩の筋肉、正しい姿勢を保つための背中の筋肉などが使われ、連携してはじめて食べることが出来ます。
また、万が一、食べ物が食道ではなく気管に入ってしまった場合(誤嚥・ごえん)、健康な人は反射的にむせて、気管に入った食べ物を吐き出します。
しかし、高齢者になると、食べることや飲み込むことに必要な筋力が衰えることによって、飲み込みやすい状態にできず、舌からのどへ送り込めない「嚥下(えんげ)障害」を起こしやすくなります。
この「むせる」という動作は、背筋・腹筋の筋力があるからこそ、できる動作なのです。
全身の筋肉がそれぞれの役割を果たすことによって、食べるという動作が可能となり、万が一、違うところに入っても窒息を防ぐことが可能となのです。
(参考)嚥下体操|口腔ケア
こちらのページでは、食べるためだけでなく、笑ったり、話したりするためにも、舌・口の周り・首などの筋肉体操の方法についてイラスト画像を用いて、説明されています。
(参考)嚥下障害|テーマパーク8020 日本歯科医師会
こちらのページでは、加齢による高齢者の咽頭位置の変化についても、イラスト画像とともに解説されています。
③閉じこもり予防
最近、老化に伴って、生活空間がほぼ家の中だけという”閉じこもり”の高齢者が増えています。
不活動になると、全身の色々な器官・機能に生じる心身機能の低下(廃用症候群)を起こし、結果として寝たきり・要介護状態に進行してしまいます。
閉じこもりの原因は、①老化による運動機能・口腔機能の低下、認知症などの身体的要因、②退職などで社会との関わりが極端に減るなど社会・環境的要因、③加齢などで思うように動けないストレスや生き甲斐がないことから来る”うつ傾向”など心理的な要因が、複数重なって起こります。
これまでの研究で、運動は閉じこもり3大原因の改善に効果的であることが明らかになっています。
(参考)高齢者の閉じこもり対策の現状と課題|山縣恵美
こちらのページでは、高齢者の閉じこもり予防として運動介入を行った研究論文を複数分析して、解説しています。
④認知機能を高める
サルコペニア(筋力低下)は、要介護リスクを高めるだけではなく、実は認知症にも密接な関わりがあります。
近年、日本でも東京大学や筑波大学・中央大学などの研究チームにより、定期的な運動は骨格筋を強化し、さらに脳の記憶や学習など認知機能を司る海馬の神経細胞を活性化することが、明らかになっています。
(参考)運動が脳細胞を活性化、認知症予防に期待 東大チーム|ニュース 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会
こちらのページでは、運動が脳細胞を活性化するマウス実験のニュースについて、詳しく解説しています。
2.「サルコペニア」は筋トレ+有酸素運動で予防。高齢者にオススメ運動トレーニング
前述した通り、高齢者が運動を行うことはサルコペニア予防のみならず、様々なメリットがあります。
しかし、運動をすることで、病気やケガが悪化してしまっては元も子もありませんので、痛みのない範囲で行うことが大切です。
また、サルコペニアは、要介護リスクを高めるだけでなく、生活習慣病の危険性も増大させてしまいます。
そのため、サルコペニア予防のための運動には、要介護リスク対策として「筋トレ」、生活習慣病リスク対策として「有酸素運動」と合わせて行うことが効果的であるとしています。
さらに、高齢者の場合、筋トレを行ってもすぐに骨格筋量が増加する訳ではないので、長期的に行うことも大切です。
■要介護+生活習慣病リスクの高い「サルコペニア肥満」の原因・特徴・基準などについては、次の記事で詳しく説明しています。
隠れ肥満?「サルコペニア肥満症」は生活習慣病リスク大!特徴・原因・基準・対策
(参考)サルコペニア予防における運動と栄養摂取の役割 藤田聡|基礎老化研究 35(3);23-27,2011
こちらのページでは、筋トレ(レジスタンス運動)と有酸素運動のたんぱく質合成に及ぼす影響について、表などを用いて解説されています。
高齢者(特に肥満や腰痛持ち)が運動する時の注意点
- 肥満の場合
→膝や腰を痛める可能性があるので、減量し筋力強化をしてから、ウォーキングを始めましょう。 - 股関節痛・腰痛がある場合
→寝ながら足を上げる運動(下肢拳上運動)は、坐骨神経を刺激して、腰痛が悪化する可能性があるので避けましょう。 - 顎を引いて、首を反らさないように注意しながら、運動を行いましょう。
→頸椎の椎間板がすり減って、肩や手に繋がっている神経を刺激する頸椎神経症を引き起こす可能性があります。
筋肉量を増加させる筋トレ(レジスタンス運動)……スクワット・膝上げ・片足上げなど
高齢者でも筋肉量を増加させるには、レジスタンス運動とも呼ばれる筋トレが有効です。
また、長期的な実施を目指すためにも、高齢者向けのサルコペニア予防筋トレは「きつい・つらい」高強度なものである必要はなく、「楽ではない・ややきつい」低強度のトレーニングを週2~3回行うとよりサルコペニア予防・改善に効果的です。
(参考)サルコペニアに対する低強度運動の有効性|健康支援 第15巻1号 1-5、2013 日本健康支援学会
こちらのページでは、サルコペニア予防に有効とされる筋トレについて、運動生理学・行動科学・公衆衛生学の観点から議論し、解説されています。
<椅子・机を使った簡単スクワット> 1日30回(1セット10回×3セット)
- 椅子に座った状態から、息を吐きながら立ち上がる。
※立ち上がりに不安がある場合には、机に手をついて立ち上がる。 - 息を吸いながら、背中が丸まらないようにして、ゆっくり座る。
※出来る人は、座った時に膝が足元より前に出ないように、注意する。 - 立って座る動作を10回行う。(1セット)
- 1日3セット(30回)を目指す。
(出典)高齢者の筋トレ。スクワット初歩の初歩|サミー大塚
こちらの動画では、厚生労働省ヘルスケアトレーナーによる椅子と机を使っての簡単スクワットのやり方を解説されています。
<片足上げ> 目標片足1分(交互に)
運動能力のチェックにもなります。
- 目を開いて片足を上げる。
※初めは、壁や机などの近くで行い、ふらついたらすぐに支えられるようにしておく。
立ち上がって行うのが難しい場合には、座りながら片足を上げる。 - 片足で立ち上がれるのが、15秒以下の場合には転倒リスクが高く、杖が必要となるレベル、30秒以上であれば杖は不要で、毎日1分ずつ立っていられるよう目指す。
心肺機能を高める「有酸素運動」……ウォーキング(散歩)・エアロバイクなど
<自宅でできる有酸素運動(立位・座位どちらでも)> 約3分30秒
呼吸は止めずに行いましょう。
項目の間には、足踏みをはさみましょう。
- 足踏みをする。
- 足踏みしながら、腕を曲げ伸ばす。
- 上半身を左右にひねる。
- 前に左右踏み出して、左右下がるステップを繰り返す。
- 足踏みしながら、両手を上げて広げ下す。
- 脚と腕を横に出す。
- 足を踏み出し、腕を横に広げ、半円を描く。
- 深呼吸。
(出典)加須うどん体操|加須市高齢者福祉課
こちらの動画では、七夕の曲とともにうどん作りの動きにあわせて、楽しく有酸素運動ができるよう解説されています。
3.「サルコペニア予防」のポイントは、”栄養+運動=リハビリテーション栄養”
前述した通り、サルコペニアは筋力低下によって、要介護リスクがもたらされている状態です。
この筋力低下が起こる原因は一つではなく、栄養状態や疾患の有無、不活動などの要因が重なったことによるものです。
厚生労働省の平成26年「国民健康・栄養調査」の調査では、16.7%の高齢者(65歳以上)が低栄養傾向であると分かりました。
こちらのページでは、リハビリテーション栄養の重要性について、説明されています。
サルコペニア予防にと、筋トレをたくさん行ったとしても、低栄養状態の人の場合にはエネルギーを得るために自分の筋肉を使ってしまうため、筋肉が減ってしまいます。
つまり、リハビリテーション(再び人間らしい状態にする≒運動訓練)を効果的に行うには、栄養が必要なのです。
■高齢者の低栄養やサルコペニア予防に必要な栄養素(たんぱく質・アミノ酸(BCAA)、ビタミンD)や料理レシピについては、次の記事で詳しく説明しています。
たんぱく質とアミノ酸で低栄養改善!「サルコペニア」予防の食事・料理レシピ
栄養状態が良くなければ、リハビリテーション(運動)効果は発揮されない。
リハビリテーション栄養とは、身体の状態だけでなく生活環境や栄養状態も含めたICF(国際生活機能分類)で評価を行った上で、リハビリテーションと栄養管理を実践することです。
長期入院している高齢者の多くは、手術などの後は安静状態で過ごし、栄養状態の改善が重視されることが少ないことから、低栄養傾向に陥っているとされます。
熊本リハビリテーション病院の調査によると、栄養を摂りながらリハビリテーションを行うことで、退院時の日常生活動作(ADL)が高まったことが明らかになりました。
(出典)回復期のリハビリテーション栄養管理 吉村芳弘|日本静脈経腸栄養学会雑誌 31(4):959-966:2016
こちらのページでは、リハビリテーション栄養が退院時の日常生活動作(ADL)に影響を与えるとする調査について、説明されています。
リハビリテーション栄養研究の第一人者として有名な横浜市立大学附属市民総合医療センター 若林 秀隆先生が会長を務める日本リハビリテーション栄養研究会では、「栄養ケアなくしてリハなし」 「リハにとって栄養はバイタルサインである」と提言しています。
「継続は力なり」-バランスよく食べ、痛くない運動を複数やって「介護予防」を。
前述した通り、高齢者でも栄養バランスの良い食事は、リハビリ効果を最大限発揮させるために必要です。
積極的に”肉・魚・卵・乳製品”を食べて筋肉を作り、毎日継続して痛くない運動(筋トレ+有酸素運動)を複数行えば、筋力アップだけでなく生活習慣病リスクも改善し、サルコペニアの予防になり得るのです。
ポイントは、「習慣化すること」。
急になんでも頑張りすぎても、続きません。
出来ることから少しずつ取り組んでみることが、「介護予防」に繋がるのです。
いくつになっても、はつらつとした毎日を過ごせるよう、コツコツ頑張ってみましょう!