暖かい春の季節になってくると、くしゃみや鼻水、目のかゆみが止まりません。
一度かかってしまうと、なかなか治すのが難しい花粉症の中で代表格とされているのが「スギ花粉症」です。
もはや国民病となったスギ花粉症を改善するべく、国の政策として「花粉を出させない」取組みが進められています。
新聞やテレビで取り上げられるなど、近年注目が高まってきている「無花粉スギ」についてご紹介します。
1. 東京五輪の年(1964年)に見つかったスギ花粉症、たったの50年で国民病に
日本固有の植物であるスギは、住宅に広く使われるなど私たちの暮らしに身近な木材であり、日本の林業にとって欠かせない樹木です。
日本人はスギと共に暮らしてきましたが、果たして昔からスギ花粉症に悩まされていたのでしょうか。
実は、日本で最初にスギ花粉症という病気が見つかったのは、今から約50年前の1964年のことです。「栃木県日光地方におけるスギ花粉症 Japanese Cedar Pollinosis の発見」という論文で発表されました。
発見からたった50年の間にスギ花粉症患者は爆発的に増え、2008年に行った調査では国民の4人に1人、約3300万人が罹患しているというデータもあります。
患者が増加した背景には、地球温暖化など気候の変動もありますが、戦後にかけて行われた国の政策が挙げられています。
反省も多い?大規模なスギ植林事業
1970年以降、日本でスギ花粉症患者が急増した理由として、戦後のスギ植林事業で植えられたスギが花粉のピークを迎えたことが挙げられます。
戦後の復興や都市開発のために、戦後木材の需要が急速に高まりました。そこで当時の農林水産省は拡大造林政策を掲げ、スギやヒノキなどの建材価値の高い樹木を積極的に植林や植え替えが行われました。
しかし高度経済成長期に入ると、カナダなどから質が良く安い木材が輸入されるようになり、国内産のスギの需要が低迷し、必要な伐採や間伐作業が進まなくなってしまいました。
大規模に植林されたスギやヒノキは、樹齢を重ねるごとに花粉の飛散量が増加していきます。大規模な植林から30~50年経った現在が出荷に適した時期であり、花粉適齢期でもあります。
また10~300kmにも渡ってスギ花粉は飛来するため、現在では北海道や沖縄を除くほぼ全国でスギ花粉症が発症しています。
その反省を生かし、政府はスギの伐採を進めるとともに少花粉スギ・無花粉スギへの植え替えや研究といった花粉症対策に約4億円を投じるなど本格的に取り組み始めています。
2. スギ花粉症は日本だけ?世界の花粉症事情と日本のスギ花粉症事情
国民病とされるスギ花粉症ですが、世界では一般的な病気ではありません。
世界三大花粉症のブタクサ花粉症・イネ花粉症・スギ花粉症
- ブタクサ花粉症(北アメリカ)
- カモガヤ(イネ科)花粉症(ヨーロッパ)
この2つの花粉症に、日本のスギ花粉症を加えて「世界三大花粉症」と呼ばれています。
世界で最も早く花粉症が見つかったのは1819年のイギリスですが、当時は干し草に触れると発症することから「枯草熱(hay faver)」と呼ばれていました。現在でも花粉症を英語で言うときは、hay faverで伝わります。
日本のスギ花粉症患者の多い県、少ない県ベスト3
国内でも、スギ花粉症の発生率には大きな違いが見られます。
2008年、全国の耳鼻科医とその家族を対象にスギ花粉症の有病率が調査されました。
<スギ花粉症患者の多い県ベスト3>
- 山梨県(44.5%)
- 高知県(41.2%)
- 栃木県、埼玉県(39.6%)
<スギ花粉症患者の少ない県ベスト3>
- 北海道(2.2%)
- 沖縄県(6.6%)
- 宮崎県(8.2%)
山梨県や栃木県、埼玉県のほかに、千葉県や神奈川県、東京都など関東地方は山に囲まれているため、スギ花粉の飛散量も多くなってしまい、患者数も多くなります。
一方、北海道や沖縄県は気候などの関係からスギが人工的に植林されていないため、花粉症の発生率は極めて低くなっています。
花粉症患者のオアシス?離島の避粉地体験ツアー
重度の花粉症患者を対象に、花粉のない避粉地へ旅行するツアーが長崎県平戸市の的山(あづち)大島で毎年開催されています。
普段とは違う環境に行って症状を改善する方法は、転地療養と呼ばれる治療法の一種です。
今年度(2017年)の開催はもう終了してしまいましたが、スギ花粉にお悩みの方は一度参加してみてはいかがでしょうか?
参照:スギ花粉<避粉地>で心も身体もリフレッシュ!-平戸市商工会
3. 花粉を出さない「無花粉スギ」特徴や植え替えの課題、広がる可能性
「花粉を全く出さないスギ」
花粉症患者にとって夢のような無花粉スギが、1992年に富山県の神社で偶然発見されました。
その後、神奈川県でも2004年に無花粉スギが発見され、現在この2県が中心となって無花粉スギの生産と普及が進んでいます。
また、約5000本に1本の割合で自然発生することが分かったことから、現在全国で約20本の無花粉スギが確認されています。
花粉が出ない?無花粉スギの仕組みと育て方
花粉は私たちにとってはアレルギー症状の原因ですが、植物にとって子孫を残すための大切なものです。
ふつう、植物は雄花から出た花粉が雌花に付くことで受粉が成立し、種子をつくります。
しかし無花粉スギは、花粉形成が遺伝的に行えない性質(雄性不稔)を持っていることが研究で分かりました。
では花粉が発生しないスギは、どのようにして大量かつ効率的に生産することができるのでしょうか?
現在流通している無花粉スギは、花粉を形成する遺伝子に異常があるだけで、その他の遺伝子や性質は普通のスギと変わりません。
無花粉スギの生産方法は、現在大きく分けて2つの方法があります。
- 挿し木
- 無花粉スギの種子をつくり、選別する
①挿し木
挿し木とは、母株と全く同じ木を繁殖させるクローン技術のことです。
種子から育てる場合よりも時間がかからないなどメリットも多いですが、万が一病気や害虫被害にあった場合などに対処が困難になるリスクがあります。
②無花粉スギの種子をつくり、選別する
無花粉スギは、花粉は出来ませんが種子は正常に作ります。
無花粉スギの遺伝子をもった父親スギと母親スギを交配させると、子どものスギは50%の割合で無花粉スギになることができます。
現在、効率的に無花粉スギを見分ける方法や、より高い割合で無花粉スギが生産できるよう技術開発が各都道府県で進められています。
参照:森林研究所たより 無花粉スギ研究の今後の展望(林業にいがた2015年2月号記事)-新潟県
こちらが、採種園と呼ばれる温室内で無花粉スギを交配させ、種子を生産している様子です。
※神奈川県自然環境保全センターにて筆者撮影
父親スギ(無花粉スギの遺伝子は持っていますが、無花粉スギではありません)と母親スギ(完全な無花粉スギ)を温室内で格子状に配置して、強風を使って花粉を飛ばしています。
2017年度中に1000万本!?花粉症対策スギの生産
無花粉スギなどの花粉症対策品種の生産は、日本海側では富山県、太平洋側では神奈川県が主体となって進められています。
花粉症対策スギには無花粉スギだけでなく、従来のスギより花粉の量が1%程度に抑えられたスギ(少花粉スギ)があります。
これらの花粉を減らす工夫がされた品種を花粉症対策品種として、林野庁は生産の拡大や対策の推進に取り組んでいます。
スギ苗木の生産量に占める花粉症対策スギの割合は、年々少しずつ増加していますが、政府は今年度(2017年)の目標を次のように定めています。
- 花粉症対策スギの生産量:258万本(2014年)→1000万本(2017年)
- 花粉症対策スギの占める割合:約15%(2014年)→50%(2017年)
これらの目標を達成するため、富山県では「はるよこい」や「立山森の輝き」などの生産や品種開発を進め、神奈川県では県内で生産する苗木をすべて花粉症対策苗木に移行しました。
4. 神奈川県立自然環境保全センターに行ってきました!神奈川県の花粉症対策の取組みについて
話題の無花粉スギについてもっと詳しくお伝えするべく、神奈川県の自然環境保全センターが2017年3月現在実施している企画展「 「無花粉スギ」って何だろう?―つらい花粉症をなくすために―」に実際に行ってきました!
企画展名: 「無花粉スギ」って何だろう?―つらい花粉症をなくすために―
会場 :神奈川県自然環境保全センター本館2階 ブナの森ギャラリー
期間 :2017年3月7日から4月28日まで
内容 :自然環境保全センターの取組である無花粉スギ・ヒノキの開発・普及や、花粉飛散量の予測・観測について、実際の苗木や研究に用いる器具の実物等を交えて展示します。
入館料 :無料
また、同センターの主任研究員の斎藤央嗣さんにお話を伺うことが出来たので、いくつか気になったことを聞いてみました。
Q1. 神奈川県はスギもヒノキも全国で初めて生産が花粉症対策品種に切り替わっています。どうして神奈川県で花粉対策品種の開発や普及が迅速に進んだのですか?
神奈川県はまず県の面積が小さいので、スギやヒノキの本数も他県に比べて多くありません。また、神奈川県は都市域で花粉症に対する関心が高く、花粉対策の研究や開発に理解があったためリソースを割くことが出来ました。
更に県が保有する林(県有林)を私たちが管理しているため、開発した種や苗木をスムーズに県内の種苗業者に流通させることが出来たことも挙げられます。
Q2. 花粉症で苦しむ人達へ、研究者や林業関係者のご立場から伝えたいことはありますか?
正確なデータはありませんが、実感として林業関係者は花粉症の割合が高いと思います。私自身も交配など研究の際にスギやヒノキの木やその花粉に直に触れる機会が多いです。
「(花粉を多く発生させている)山を入れ替えないと意味がない」というご指摘も頂きますが、入れ替えるきっかけや入れ替えた場合の効果の最大化を目指すのが県や自治体の施策になります。
現在は花粉症対策品種の品種改良を進めて、そういった施策に繋げていくことが大切だと思っています。
Q3. 斎藤さんは国内で初めて無花粉ヒノキを発見されました。その時のエピソードがあれば教えて下さい。
花粉が出来ない性質(雄性不稔)をもったスギが発見されたことから、スギと同じように花粉の被害が大きいヒノキにも無花粉ヒノキが存在するないかと考えました。
ヒノキの苗木による調査も行いましたがなかなか上手くいかなかったため、自然発生する無花粉スギの確率(5000本に1本)に賭け、結局およそ2年かけて4,074本の県内に自生するヒノキを1本1本調べあげて発見出来ました。
無花粉ヒノキは現在実用化に向けて研究を進めています。
Q4. 企画展も残り1ヶ月ですが、どういった方に来てほしいですか?
まず大切なのは林業のサイクル(植える→育てる→伐る→使う)を回すことです。そのためには使う方(消費者)がもっと増えることが必要になります。
当センターにしかない無花粉ヒノキも見られますので、樹木に興味のある方や花粉症について詳しく知りたい方もぜひ来てほしいです。
神奈川県内で発見された無花粉スギ「田原1号」
国内で初めて発見された無花粉ヒノキ「秦野1号」
神奈川県自然環境保全センターについて
施設名:神奈川県自然環境保全センター
住所:神奈川県厚木市七沢657
開館時間:09:00~16:30
休館日:月曜日(祝日の場合は開館・開園)、祝日の翌日(土曜・日曜・祝日の場合は開館・開園)
アクセス方法(バス)
<小田急線本厚木駅から>
東口の厚木バスセンター9番乗り場から、神奈川中央交通バス「七沢」行・「広沢寺温泉」行・「神奈川リハビリ」行のいずれかに乗車(30~40分)
「馬場(ばんば)リハビリ入口」バス停で下車、徒歩10分
<小田急愛甲石田駅から>
北口3番乗り場から、神奈川中央交通バス「七沢病院」行に乗車(20分)
「馬場(ばんば)リハビリ入口」バス停で下車、徒歩10分
<小田急伊勢原駅から>
北口3番乗り場から、神奈川中央交通「七沢」行に乗車(30~40分)
「馬場(ばんば)リハビリ入口」バス停で下車、徒歩10分